道草の友(シンガーソングライター・大久保雅永の日々)

ライブ情報: 4/13(Sat)open:17:30 start:18:00 ライブハウスコタン(20:00頃出演)

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 ライブハウス・コタン
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道草な話

 僕が今勤めている会社は三田にある。最寄りの駅は芝公園であるが、歩ける距離に何駅かあり、僕は一番定期代が安いという理由で麻布十番の駅を使っている。麻布十番から三田まで歩くのにもいくつかのルートがあって、僕はずっと一番近いと思われる高台を越えてゆく道を使っていた。急な坂を上っていくと、高台の上には高級なマンションや大使館やそのほか正体不明の豪邸が並んでいる。歩道には街路樹が植えられ、外人がジョギングや犬の散歩をしている。道を走る車の二台に一台は高級外車である。高台の一角にある会社には、次々とタクシーが横付けされ、従業員たちが出勤してゆく。まあ、何というか、おハイソなエリアである。そのエリアを抜けて下りに入ると途端に歩道が狭くなり、舗装も劣悪になる。しかも激しく傾斜していて、歩きづらいことこの上ない。そんな道を毎日歩いていたら、靴のかかとがびっくりするほど変な形に磨り減ってしまった。
 これでは靴がもたないと思い、ルートを変えることにした。高台を迂回するルートである。歩いてみて驚いたのは、あまりに街並みが違うことである。そこは小さな昔ながらの家が寄り添うように建ち並び、いろんな生活の匂いが漂ってくる。クリーニング屋があり、米屋があり、豆腐屋がある。なんというかとても落ち着く通りである。ぼくはすっかりその通りが気に入ってしまい、毎日楽しく通勤している。
 しかしその道もしばらく行くと、突然道幅が広がり、高級マンションやビルが姿を現す。唐突に風景が変わる。つまりそのエリアは再開発の波に取り残された陸の孤島なのである。そんな場所で暮らし続けることは決して簡単なことではないだろう。もかしたら、遠からずここも姿を消してしまうかもしれない。そう思うとなおさらその道が魅力的に思えてくる。人工的で清潔な公園なんかを作るより、こういった場所の方がよっぽど都会のオアシスじゃないかなんて僕は思うのだけれど。
 今日も僕は会社を出て、駅へ向かって歩く。そしてその古い街並みに一歩足を踏み入れると、ふっと親密な空気が僕を包む。その瞬間が楽しみで自然と早足になる。坂の上のおハイソな通りには、高級外車が列をなしている。しかしそんなことはまるで関係がないといった様子で静まり返った街を、僕は少しだけゆっくりと歩く。