道草の友(シンガーソングライター・大久保雅永の日々)

ライブ情報: 4/13(Sat)open:17:30 start:18:00 ライブハウスコタン(20:00頃出演)

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 ライブハウス・コタン
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道草な話

 中伊豆の山あいにあるその町は、温泉地として名の通ったところである。年季の入ったローカル線が走っているのはその駅までで、その先はバスなりタクシーなりで行くことになる。駅前にはささやかなバスターミナルがあり、タクシーの運転手が煙草をふかしながら客を待っている。駅の左手にはバスの切符売り場と観光案内所を兼ねたような建物があり、右手には土産物屋と立ち食いそば屋が合体した施設がある。まあ、よくある観光地の光景である。この町へ来る観光客のお目当ては温泉である。だから皆駅を出るとそそくさと目的地へ向かう。そのせいなのかもしれないが駅前はそれほど栄えていない。必要最低限の施設が揃っているという感じである。
 新年早々、僕らは骨休めをするために温泉にやってきた。昨年の正月もこの辺りの温泉へ来たのだが、その時は骨休めどころか危うく遭難しかけたので、今回は欲張らずに、ただ旅館でのんびりすることにした。夜の露天風呂からの満天の星空は素晴らしかった。
 帰りの電車を待つ間に、喫茶店で休憩することにした。駅前に一軒だけあるその喫茶店は、コーヒーやトーストと並んで、そばやうどんもメニューに載っている。そして一階は土産物屋という、非常にコンパクトで高機能な店である。折りしも昼食時で、店内は観光客でごった返している。店を切り盛りする中年の夫婦は明らかにパニックに陥っている。僕らの顔を見るなり、おばさんの方が一言、「無理です!」と叫んだのだが、その声を聞いてか、何組かの客が席を立ったので、無事座ることができた。
 時間はかかったが、何とかコーヒーにありつくことができ、煙草に火をつけてぼんやりと店内を見回していると、少し離れた席に初老の男性と若者が向かい合って座っていた。どうやら親子のようなのだが、若者の方は濃いサングラスを掛け、帽子をかぶったまま横を向いて煙草をふかしている。穏やかそうな父親が何か言っても、ひとことも口をきかない。そして彼らのテーブルの上には、まだそこまで手が回らないのか、忘れ去られているのか、前の客の皿やコップが残ったままになっている。そのうち電車の時間が迫っているからと言って、二人は何も頼まないまま出て行ってしまった。
 彼らは何故二人で旅行に来たのだろう。そして喫茶店で向かい合って座っている間、何を考えていたのだろうか。まだそのテーブルに残っている皿やコップを眺めながら、僕は懐かしいような、悲しいような気分になった。