道草の友(シンガーソングライター・大久保雅永の日々)

ライブ情報: 4/13(Sat)open:17:30 start:18:00 ライブハウスコタン(20:00頃出演)

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 ライブハウス・コタン
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道草な話

 御徒町の駅を出ると、けだるい空気が僕を包む。きれいなロータリーもオシャレなビルもない。着飾った若者たちの姿を見かけることもない。どこか疲れて薄汚れている。そして猥雑な雰囲気が漂っている。それは少し前の東京ではどこにでもある光景だった。ちょうど僕らが貧乏学生だった頃の東京の街である。あの頃僕らはくたびれた服を着て、背中を丸めてこんな街をあてもなく歩き回っていた。そして、そんな街には必ず薄暗い喫茶店と、学生相手の古本屋と、癖のある中古レコード屋があった。
 学生の頃、お金はなかったけれど、とにかく時間だけはたっぷりあった。だから街をぶらぶらと歩いて、古本屋や中古レコード屋で時間をつぶすことも少なくなかった。大抵は何も買わずに出てきてしまうのだが、稀に掘り出し物に出会うことがあった。そんなときは胸がドキドキして、手がじっとりと汗ばんでくる。「本当かよ!」と心の中で叫んだりする。そしていそいそとレジに持っていく。その頃はチェーン展開しているような店はあまりなくて、どの店も結構個性的だった。僕がトム・ウェイツ海賊版CDを見つけたのも、そうした店の一つである。興奮しながらレジに持っていくと、40代くらいの髪の長い店主がにっこり笑って、「よく見つけたね、それ、いいよ。」と言った。皆に同じことを言っているのかもしれないが、僕はすっかり満足して店を後にした記憶がある。(そのCDは今も僕の宝物である。)
 JRのガードに沿って、秋葉原方面に歩く。ガード下には様々な店舗がひしめきあっている。一番多いのは飲み屋である。明るいうちから正体不明な人々が結構飲んでいる。そして夜になれば、サラリーマンでいっぱいになるに違いない。そんなガード下の飲食店街が終わりかけたあたりにその店はあった。店内に入ると白を基調としたオシャレな内装である。棚にはCDやレコードがぎっしりで、カウンターの奥に、髪の長い40代くらいの、只者でない風貌の店主が座っている。それがS君であった。
 彼はついに長年の夢であった中古レコード屋をオープンしたのである。いろいろと紆余曲折あったようだが、ともかくここまで辿り着いた。勿論、商売である以上利益を出さなければならないし、このご時世、そうそう順調に事が運ぶとも思えない。街の風景はあっという間に変わる。そしてそのスピードはどんどん早くなっている。でもとりあえず、彼は一歩踏み出したのである。
 少し恥ずかしそうに、彼は「いらっしゃい」と言った。