道草の友(シンガーソングライター・大久保雅永の日々)

ライブ情報: 4/13(Sat)open:17:30 start:18:00 ライブハウスコタン(20:00頃出演)

(詳細はお店のHPでご確認ください)
 ライブハウス・コタン
 ホームページはこちら
          

道草な話

 今年の年末年始は、特に大きなイベントはなかった。大掃除をして、紅白をみて年を越し、おせち料理と餅を食べて新年を祝った。初詣は近所の神社で済ませた。こうやって書いてみると、ずいぶん地味な正月だという感じがするが、僕は結構満足していた。何というか、ちょうど良く収まったという感じの手ごたえがあった。
 子供の頃、正月というのは、両親の実家に年始の挨拶に行く以外の選択肢はなかった。勿論それは子供にとって楽しみなイベントである。普段食べることのできないご馳走が食べられる、お年玉がもらえる、従兄弟のお兄ちゃんに遊んでもらえる等々。ただし、楽しいことばかりではない。車での長時間の移動はつらかったし、挨拶や行儀の悪さで叱られることもあったし、薄暗くて急な階段が怖くて、夜中にトイレに行くのに往生したこともある。それでもその非日常感はたまらなく魅力的だった。
 両親の実家は、それぞれ同じ町のしかも歩いて3分程度の距離にあった。両親にしてみたら、実家に帰るという大移動が一回で済むわけで、随分楽だったのではないかと思う。大晦日の夜は父方の実家に泊まり、元日に年始の挨拶を済ませてから母方の実家に泊まるというパターンが繰り返された。随分家風の違うそれぞれの実家はしかし、それぞれに暖かく僕らを迎えてくれた。
 母方の祖母のことを、最近ふと思い出した。彼女は僕がまだ小学生低学年くらいの時に倒れ、そのまま寝たきりになってしまったので、あまり元気だった頃の記憶が残っていない。豪快で話し好きな祖父のことはよく憶えているのだが、彼女がどんな話をしていたか、その時どんな表情をしていたかということが思い出せないのである。ただ、彼女と接する時に、僕は少なからず緊張していたという漠然とした印象が残っている。別に僕らに対して厳しかったわけではない。何というか、彼女自身の中に、現在置かれている状況に対する違和感のようなものがあり、それが何となく僕らに伝わってそういう空気が生まれたのではないかという気がする。静かだけれど、意志の強さを感じる人だった。
 彼女は果たして、結婚して家庭に入り、子供を生み育て、さらにはおばあちゃんとして孫たちの相手をするといった人生を望んでいたのだろうか。状況が許せば、全く違った人生を歩んでいたのではないか。故人となってしまった今では知る由もないが、そんな気がする。
 まあ、誰だって少なからずそういった思いはあるだろうけど。