道草の友(シンガーソングライター・大久保雅永の日々)

ライブ情報: 4/13(Sat)open:17:30 start:18:00 ライブハウスコタン(20:00頃出演)

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 ライブハウス・コタン
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道草な話

 この春、一人の友人が東京を去っていった。学生時代からの古い付き合いで、今でも年に一度は酒を酌み交わす仲間の一人である。特に彼とは、学生時代にすぐ近くに住んでいて、文字通りご近所付き合いをしていたので、他の仲間とは少し違った思いがある。たいてい彼の方からふらっとやって来て、めしを一緒に食べたり、時には夜が明けるまで話し込んだこともある。その当時の彼は苦学生であり、学費から生活費からすべてアルバイトで賄っていた。だから僕のようにだらだらとした毎日を送る時間はなかった。やって来るのはいつも夜遅くと決まっていた。
 彼は熱血漢であり、理想を抱く男であり、仕事で手を抜けない性格である。だから保身のためにいい加減なところで済ませるということができない。一所懸命である。その結果、今回予想外のトラブルに巻き込まれ、最終的に仕事を失うことになった。彼の最大の不幸は、彼を守るべき立場の人達が、自分の身を守ることしか頭になかったという点である。そろそろ老後のこともちらつき始めた頃に、それまで積み上げてきたものを全て失った彼は、呆然とし、怒り、泣き、途方に暮れた。そして悩んだ挙句、つてを頼って別の土地に移り住むことになった。そして引越しの前日に突然彼から連絡があり、僕らは久しぶりに二人きりで酒を飲むことになったのである。
 その席で、僕達はいろんな話をしたけれど、今回の顛末についてはアウトラインを聞いただけで済ませた。僕にとってはそれ以上詳細な情報はどうでもいいことだった。だって、それはもう済んだことなのだ。そして僕と彼の付き合いには関係のないことなのである。だったら、東京での最後の夜に話すべきことは他に沢山ある。僕らは学生時代にアパートで語り合ったように、尽きることのない話をした。昔と違っていたのは、もう夜が明けるまで語り合う体力がなかったことである。その店の閉店を潮時に、僕らはそれぞれの帰路に着いた。
 あれから一ヶ月が過ぎた。彼は今、見も知らぬ土地でどんな暮らしをしているのだろうか。新しい住処からは、どんな景色が見えるのだろうか。そしてどんな気持ちでそれを眺めているのだろうか。しかし、僕はあまり心配していない。彼は行動力の人である。必ず力強く新しい人生を切り開いていける。考えてみれば、今までだって彼はいつもそうやって生きてきたのである。
 いつの日か、僕は彼の新しい住処を訪れようと思っている。彼は笑顔で迎えてくれるだろう。そして、また昔のように語り合うのだ。