道草の友(シンガーソングライター・大久保雅永の日々)

ライブ情報: 4/13(Sat)open:17:30 start:18:00 ライブハウスコタン(20:00頃出演)

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 ライブハウス・コタン
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道草な話

 さて、2016年である。といってもこれと言って感慨もない。ただ、年が改まって、また1年が始まっただけである。そして確実に僕の残り時間が減っていくのである。あっという間に過ぎる歳月をぼんやり眺めていられる時期はもうとっくに終わっている。正月に少しのんびりしただけで、既にやるべきことが山積みになっている。全くどうしてこうも忙しいのだろうか。その理由はよくわかっている。自分で忙しくしているのである。
 息子が6歳の誕生日を迎えた。昨年の後半くらいから、彼は反抗的になってきた。頻繁にわがままを言い、僕が駄目だと言ってもなかなか引き下がらない。何かひとつ彼に注意するたびに、その3倍くらい反論が返ってくる。その反論がなかなか的を得ているので余計に腹が立つ。そのうえ、まだ言葉遣いがわかっていないので、ときどきタメ口になったりして、それがまた僕の怒りに火を注ぐのである。そして怒りに任せて彼を叱ると、今度は泣きだす。これがまた厄介なので、こちらがぐっと我慢することになる。だから最近はあまり友好的な関係を構築できていない。
 そんな彼は、運動が苦手である。最近になって、鉄棒や縄跳びが他の子供たちほどできないことが判明した。あわてて寒空の下を公園に連れ出す日々が始まった。それまでは放っておけばそのうちできるようになると高を括っていたのである。公園に行って逆上がりをやらせてみると、果たして全くできないのである。僕はお手本を見せたり、いろいろとアドバイスをするのだが、彼は例によってよくわからない理屈をこねまわしては練習をさぼろうとする。そういう姑息なところが自分そっくりで、僕はまた激しく腹が立つのである。
 ところが、どうも母親とはそうでもないらしいのである。練習も一所懸命やるらしい。彼女が叱る時は、彼はあまり口答えをしない。それは彼女が子供に対して変に妥協をしないからである。駄目なものはダメなのである。一方僕は面倒くさくてついつい妥協してしまう時がある。その辺を見透かしたうえで、彼は対応を切り替えているらしい。実に狡猾である。僕にしてみれば、身から出た錆である。
 僕は彼からいったいどう見えているのだろうか。尊敬できるとか、友達感覚とか、そういったことをあまり考えたくはない。自然体で接して、それでうまくやっていければなぁと思っている。そんな甘いことを考えていると、そのうち大きなしっぺ返しが来るのだろうか。それはちょっと嫌だな。