道草の友(シンガーソングライター・大久保雅永の日々)

ライブ情報: 4/13(Sat)open:17:30 start:18:00 ライブハウスコタン(20:00頃出演)

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 ライブハウス・コタン
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道草な話

 最近、リモートワークでずっと家に閉じこもっているうえに、外出する際には必ずマスクをするので、髭を剃る機会がめっきり減ってしまった。ともすれば1週間、あるいは2週間髭を剃らないこともある。剃らなければ当然伸びるわけで、たまに鏡を見て愕然とすることがある。こいつはいったいどこの浮浪者かという風体になっている。髪はボサボサ、髭は伸び放題、くたびれたタンクトップに短パン。目には生気がない。こういう人を公園で見かけたことがある。唯一の救いは、毎日風呂に入っているおかげで悪臭を放っていないことだろうか。それ以外は立派な浮浪者が出来上がっている。
 髭を生やすことは、若い頃ずっと憧れていたことだ。その頃気に入っていたミュージシャンや映画俳優は、みんなイカした髭を生やしていた。ただし、彼らはみんな外国人で、彫りの深い渋い顔を持っていた。まだ子供っぽさが抜けない、しかも彫りの深さなど微塵もないお坊ちゃん顔だった僕は、髭を生やしたところで彼らのようになれるわけではないことは、さすがに分かっていたつもりだ。それでも、この自分の顔に髭を生やしたら、いったいどうなるのだろうという興味があった。童顔を隠したいという気持ちもあった。そこで20代のある日、一念発起して髭を剃ることを止めたのである。
 初めて髭を生やす時は、生えそろうまでは結構な時間がかかる。その間周りの人にいろんなことを言われた。何度も挫折しそうになったが、一人だけ似合うと思うと言ってくれた人がいて、何とか粘ることができた。そして生え揃った自分の顔はどうだったかというと、結構気に入ったのである。それからしばらく髭面の時代が続いた。
 しかし社会的には歓迎されない。一番拒否反応を示したのは母である。実家に帰っても髭を剃るまで出歩くなと言われた。でも本人はどこ吹く風である。「これが俺のスタイルなのさ」なんて思っていたような気がする。そもそもまともな社会人になっていたら、こんな格好は許されない。はみ出し者であることにうっとりしていたのかもしれない。
 その後仕事の都合(おいおい、日和ってんじゃんか。)で、あっさり髭を剃ってからは一度も髭を伸ばしたことはない。久しぶりの髭面を眺めると、すっかりごま塩である。はっきり言って、爺さんに見える。
 それでもまたいつか伸ばしてみたい。その時はしっかりオシャレして、いかした爺さんになりたいものだ。来るかな、そんな日が。