塩川昇君について書く。
塩川君とは四谷コタンの出演者同士ということで知り合いになった。同郷の出身ということで親しく話をした。年齢は僕より随分下である。しかし、同じ音楽仲間であり音楽に年齢は関係ないので(はずなので)、いつもタメ口で話をしていた。まあ、彼の性格も少なからず影響していたのだが。
一言でいえば「熱い」男である。見た目も熱(苦し)い、ライブも熱い、そして生活も熱い。僕のライブを見に来て、打ち上げでよくダメ出しをしたり褒めてくれたりした。浴びるように酒を飲んでいた。朝まで飲むことも少なくなかったようだ。きっと体力に自信があったのだろう。それが後に仇となるのだが。
彼は長渕剛に心酔していた。歌にも態度にもそれが表れていた。誰かに心酔するというのは誰もが通る道である。そしてやがてそれに飽き足らなくなって、オリジナルソングを作り始める。最初はどうしても好きなミュージシャンのモノマネ的なものになる。それは決して悪い事ではない。問題はそこから抜け出して、自分自身の次のステップへ進めるかどうかということになる。知りあった頃の彼は、ちょうど次のステップを模索している頃だったかもしれない。
人懐っこい男で、人付き合いの悪い僕の家にも遊びに来たことがある。僕が参加していたバンドのツアーの時には、運転手を買って出てくれて、一緒に各地を回ったりもした。四谷コタンの中では、僕らの次の世代の中心的な存在だったように思う。
そんな彼が病に倒れたのは、それまでの会社から独立して自分で仕事を始めてしばらく経った頃のことである。しかし持ち前の頑張りで、リハビリを乗り越え復活を果たした。しかし再度病が彼を襲い、彼は故郷に帰ってリハビリをすることになる。そして故郷で仕事を見つけ、やがて伴侶を見つけて順調に生活を送っていた矢先、またしても病が彼を襲った。それが最期だった。
離れていると、彼がいなくなった実感がない。いつかひょっこりライブに来て、またダメ出しをされるような気がしている。