道草の友(シンガーソングライター・大久保雅永の日々)

ライブ情報: 4/13(Sat)open:17:30 start:18:00 ライブハウスコタン(20:00頃出演)

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 ライブハウス・コタン
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道草な話

 最近、身の回りの物を修理あるいは調整する機会が続いた。まず、トイレの貯水タンクの止水弁がおかしくなり、水が流れっぱなしになったので、交換修理した。既存の止水弁には毎年のように不調に悩まされていたので、一念発起して交換したのである。まあ普通は業者に頼むのだろうが、ネットで調べたところ、自分にもできそうだったので、部品だけ買って交換した。今のところ問題なく稼働している。

 続いて息子の自転車の調整である。スタンドがきれいに動作しなくなっていたので、機械油を注し、何度か動かしてスムーズに動くようにした。壊れて新品を買ってもらえると思っていた息子は落胆したようだ。

 ちょっと前にはビルドイン食洗器の修理もした。これはさすがにサービスセンターに電話して修理を頼んだのだが、やって来た作業員が排水ポンプが寿命で、部品が高価なので、年数からしても買い換えたほうがよいと言った(結局修理しないで帰った)のだが、ダメ元でバラしてみたら、排水ホースが詰まっているようだったので、それを押し流したらそれだけで直ってしまった。現在も元気に活躍中である。

 そしてついに今まで自重していたギターの修理にも手を出すことになった。バインディング剥離の再接着とネックの反りの矯正である。紆余曲折あったが、何とかある程度の成果は出せたと思っている。

 これらのすべての行為の根源はケチである。なるべくお金をかけずに済ませたいという思いである。こういう行為を「貧乏臭い」といって嫌う人もいる。僕は何か壊れるたびに修理して使っていた父親の背中を見て育ったせいか、壊れたり不調になったりすると、まず直せるか見てみるという癖がある。そしてうまく直せるととても満足感が得られるのである。もちろんうまくいかない時もある。それはそれで諦めがつく。

 今のところ次の修理対象は見当たらない。その出現をひそかに待ちわびている自分がいる。何かが間違っている。